心で起こる“フラッシュバック”|トラウマ体験の想起と回復へ向けて

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フラッシュバック は過去のトラウマ体験が
何かのきっかけ(トリガー)によって反復想起され、
強い情動反応を引き起こす現象です。

本記事ではカウンセリングの臨床経験に基づき
フラッシュバックのメカニズム、
反応や症状の特徴、
およびカウンセリングによる回復プロセスについて、
お伝えしています。

Image for decoration(草原の二匹の蝶)

フラッシュバックとは:
トラウマ体験の反復想起はんぷく・そうき

心で起こる『フラッシュバック』とは

トラウマとなった過去の「傷つき体験」や「ショック体験」が、なにかのきっかけで意識によみがえることで

不安・怖さ、怒り
あるいは、悔しさ・悲しみ・絶望感などの
情動や強い感情が引き起こされ

それによって
様々な心身の反応を引き起こす状態です

著名な精神科医の神田橋條治じょうじ氏が
治療者に対してこう述べています。

パニックや衝動しょうどう的反応がみられたときには、フラッシュバックではないかと、まず考えてみてください。
フラッシュバックという言葉が映画に由来するので、視覚イメージだとみんな思っているでしょ。そうじゃないんですよ。

 神田橋條治 精神科医


** 情動(じょうどう)とは・・・
身体感覚を伴う激しい感情で、自律神経系を通じて瞬時に心身の反応を引き起こします。


トリガー・引き金

フラッシュバックのきっかけとなるものを
トリガー」と呼んでいます。

トリガーは、その人にとって、過去のトラウマ体験を連想させような〝なにか〟になります。

遭遇そうぐうする状況だとか目にする光景。
あるいは、言葉や音
たまたま目にしたTVのニュース映像など

さまざまなものがトリガーとなり得ます。

そして、トリガーそのものは〝些細ささいなこと〟〝たいしたことのない事〟が殆どのために

ご本人自身でも、よくわからずにいることは多いと思います。

多くの患者さんたちで、フラッシュバックのトリガーとなったものは、余りにも小さなことのために、なかなか気づいていないことがあります。
 神田橋條治 精神科医

Image for decoration(困惑する表情の女性)

引き起こされる情動反応

引き起こされる反応とは
たとえば・・・

頭が真っ白になったり。

動揺し混乱したり。
それが激しい場合には、過呼吸やパニックが引き起こされたり。

強い不安や緊張が引き起こされて
平常心ではいられなくなったり。

みじめな思いに突き落とされて
つらく苦しい気持ちにおちいったり。

衝動的な怒りが湧きあがり
激しい感情的な言動をみせたり。

相手からしてみると
「そのくらいの事で、どうしてそこまで!?」・・・となって、
関係が壊れてゆくケースを拝見しています。

ひどく辛くなったり苦しくなって
そこから逃げ出したくなったり。

(立ち去れるような場合には)
突然その場から立ち去ったり。

もちろん起きてくる反応の程度は
軽微なものから強いものまで様々です。


軽微な反応の例では、たとえば
数秒から十数秒の短い間、放心ほうしんしたような感覚になる、
というケースもあります。

もちろんご本人自身も
それがフラッシュバックによる反応だとは
わかりません。


** 放心(ほうしん)状態とは・・・
「自分」というものが突然消え去って、ただ空白になった体だけそこにいる、という感覚状態。

Image for decoration(野の花)

防衛反応としての意味

誤解されないために申し上げると

フラッシュバックそれ自体は
決して異常なものではありません。

本来は『自己防衛』のための仕組みとして
誰の中にも同じ仕組みが存在します。

ただし、心身の反応が強く出る場合には
なにより自分自身が苦しみますし

人間関係や仕事のさまたげとなったり

人生や生き方にネガティブな影響を、及ぼすことがあります。

たとえば
長年苦しみ悩んできたことが
フラッシュバックであると分かって
次のように語った方がいらっしゃいます。

そういう時には皆んな、自分と同じようになるんだと思ってた。でも他の人たちは、それを表に出さずに普通に振る舞えてる。わたしはそれが出来ずに混乱したり泣き出したりして、周りの人に迷惑をかけてしまう。
だから自分はダメで劣っている、と思って来たんです。

Image for decoration(紅葉の樹と落ち葉の絨毯)

フラッシュバックのふたつの形

カウンセリングの経験から申し上げると
フラッシュバックには

記憶や情景も一緒に想起されるもの。
もうひとつは
情動や感情だけが引き起こされるもの。

この二つの形があります。

以下、具体的に見ていきます。

ある老人の話

あるときテレビで
住宅街での爆発火災のニュースが流れ
現場の近所に住む老人が

爆発音を聞いて、太平洋戦争の時の東京大空襲の情景を思い出して、とってもこわかった
TVカメラの前で震えながら
そう語る姿を見たことがあります。

荻野目慶子さんの体験

  荻野目慶子の写真

女優の荻野目慶子さんが
ご自分の体験を雑誌に記しています。

荻野目さんはご自分のマンションの部屋で、
交際相手が自殺しているのを発見します。

荻野目慶子
『自殺で残された側は』

例えば、ある音が耳に入ったとする。それが記憶・・・故人の思い出につながるようなものだとすると、途端に血液が逆流するような気分に襲われ、呼吸が激しくなり、涙が止まらなくなる。
音だけでなく臭い、視覚的なもの・・・ハンガーやフックなど日常にありふれた物にも、次々と連鎖反応が起こり、何を見るのも怖くなった。

荻野目さんの場合には
芸能人という立場ゆえに
その後に襲いかかってきた様々な出来事が
ショック体験に追い討ちをかけ

この出来事が
PTSD(心的外傷後ストレス障害)にまでなったことが、読み取れます。

Image for decoration(赤と緑の落ち葉の集まり)

情動だけが反復想起される

しかし実を云うと
上の老人だとか荻野目さんの様に

原体験をご本人自身が認識する形のものは
どちらかというと少数派になります。

「情動だけが反復想起」される形のものはとても多く、
カウンセリングで出会うフラッシュバックの多くも、このタイプのものです。

したがって
背後でフラッシュバックが起きていると、気づくことは、
ご本人自身でも難しくなります。

例えば、教員をされていた方が・・・

(ある場面を)目にすると何故だか
苦しい気持ちになると同時に、激しい怒りがこみ上げてきて
その怒りを出さないために一生懸命に抑えようとして、精神的にクタクタになってしまう・・・

そんなお話をされていたことを
思い出します。

しかも、フラッシュバックとなる体験も
実生活からかけ離れた出来事ではなく

生活の営みの中で・
普段の人間関係や出来事の延長の中で
作られているものです。

三島由紀夫の〝体験〟の話


三島由紀夫写真

作家の三島由紀夫が
あるインタビューの中で
このようなことを語っています。

体験ていうのは誰でもあるんですけども、それじゃあ、たとえば死にそうな体験をしたとか、エベレストに登って落っこちそうになったとか、そういうのばかりが〝体験〟ではないんですよね。
〝体験〟ていうのは分からないところに隠れていて。
たとえば、道を歩いている時に、ちょこっと小石につまずいて・・・
その小石というものが、人生で大きな意味を持っちゃうことがある。小さな石がね。

さらには、養老孟司さんが語るように
トラウマ感情は
一瞬の無意識のうちに刻み込まれるために
本人にも分かりません。

Image for decoration(秋の落ち葉の集まり)

フラッシュバックからの回復:
物語化
(ものがたり・か)への働き

フラッシュバックからの回復とは
誤解されているような
「思い出さなくなること」ではありません。

まずは、それがフラッシュバックであると理解すること。

上でも記しているように
カウンセリングにいらしゃることで
初めて分かる方たちは少なくありません。

そして少しずつ、一歩ずつ
その体験をご一緒に語り合いながら

トラウマ感情を整理・消化 (昇華)してゆくことで、
他の記憶の中に同化してゆくこと・・・

記憶や思い出には
楽しかった思い出もあれば、悲しかったり辛かった記憶もあります。

それらの一つになってゆくこと。

いろいろなことがありますが
こうしたことを大切に
カウンセリングをおこなっています。


カウンセリングにおける〝対話〟には
トラウマを『物語化』してゆく作用のあることが、認められています。

**物語化(ものがたり・か)とは・・・
自我とは別個の対象として、距離を置いて見つめることが出来るようになるること。

カテゴリー心と身体