対話によって啓 (ひら)かれてゆくもの 〜 カウンセリングの世界

カウンセリング Essay

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〝対話〟とは
心の世界に、そっと触れてゆくこと

この記事は〝対話〟というものの
内に秘められた本質について
記したものです。

とても短いエッセイですが
お読みいただけたなら幸いです。

こころが存在する : カウンセリングで見えてくるもの

心というものが存在します。

目では見えず
手で触れることもできません。

しかし、臨床としてのカウンセリングを
長く続けてくるうちに、
心というものを
深いところで感じるようになってゆく。

そして、
次のような思いにも至るようになります。


心の世界には
〝対話〟によってしか届かないもの。
〝対話〟によってしか
 触れえないものが存在する。

カウンセリングの実際の経験が
このような思いに導いてゆきます。


〝対話的〟関係 : カウンセンリグの内的世界

〝対話〟によってしか届かないもの。
〝対話〟によってしか触れえないもの。

対話という言葉が括弧つきなのは、
カウンセリングにおける〝対話〟が
私たちが「会話」と呼んでいるものとは
かなり質の違うものだからです。


対話的関係の中で

そうした〝対話的関係〟から導かれるカウンセンリグの世界を
バフチン(ロシアの文芸評論家)にならって
こう言えるかもしれません。

それは、二つの意識が対話的に出会う一点で演奏される〝生きた出来事〟である。

一回限りの〝対話〟によるアンサンブル。

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