不安障害や強迫症などの
神経症と呼ばれる症状を抱えて
苦しんだり、悩んだりしていませんか?
この記事は
カウンセラーとしての経験を踏まえながら、
神経症のカウンセリングで大切になることを
丁寧にお伝えしています。
神経症(不安障害・強迫症)のカウンセリング:
少しずつ楽になっていくために
神経症の症状には
その人なりの理由や背景があるもの
・・・そう言われています。
ですので、カウンセリングでは
症状のことばかりではなく、
いろいろなことをお話ししながら、
そして
“心のペース”を守りながら、
進めてゆくことを大切にしています。
あなたが少しずつ
楽になってゆくこと・・・
「森のこかげ」のカウンセリングが一番大切にしていることです。
最後までお読みいただいて
ご一緒に考えていけたら、幸いです。
神経症のカウンセリングで語られる複雑な感情
神経症のカウンセリングでは、
ご相談者とお話しを重ねてゆく中で
複雑な感情や心境を
お聴きすることがあります。
下に記した言葉は、
筆者とのカウンセリングで
ご相談者の方たちが、実際に語ってくださったものです。
落着いてきて (症状が) 気にならなくなってきたら、自分の中がカラッポになってしまったような、ひとりぼっちで暗闇に落ち込んでしまったような、そんな気持ちになってしまいました。
もうこれ以上良くなりたくない。
良くなりたいと思っているはずなのに (症状が) なくなったり、軽くなったりしていくのが、とっても不安なんです。
たとえば、
過食嘔吐の行動に悩んで
カウンセリングにいらしていた方が、
過食嘔吐が随分と改善していった頃に
久しぶりに思いっきり食べて吐いたら、まだこんなに吐けるんだと思って安心した。
そう打ち明けてくださる方は
お一人やお二人ではありません。
神経症(不安障害・強迫症)のカウンセリングで経験すること
初回にいらした時には
「この状態(症状)をとにかくどうにかしたい」
そう強く訴えていらしていたのが、
二回・三回とお話しをしながら
落ち着いてゆく中で、
たとえば、
「これは、このままでもいいんです。
ただ、せめてこの部分をなんとかしたい」
・・・というように、
カウンセリングに求めるものが
少しずつ変化していくことがあります。
それは、ご相談者にとっては
半ば無意識なことかも知れませんが、
「ご自分の“心のペース”を守りながら
少しずつ改善してゆく」という変化のあらわれです。
それは、私の経験から申し上げると、
改善してゆく兆し(きざし)、でもあります。

こうした、気持ちや心境をお読みになって
意外に思われますか ?
でも、人の心に添いながら
ご一緒に考えてゆくとき、
少しも意外なものではありません。
ご自分の中の様々な気持ちと出会い
それを少しずつ整理し、消化してゆく・・・
このことは神経症に限らず
カウンセリングでは、とても大切だからです。
〝症状の意味を大切にする〟 : 臨床の世界が大事にしていること
『症状の意味を大切にする』
・・・そうした考え方があります。
これについては、
下坂幸三(しもさか こうぞう)氏が
次のように語っています。
症状の意味を大切にするということは、治療的方法の違いを越えて、これまでは臨床の場での基本的な姿勢でした。
しかし薬物治療が全盛になった今日、精神科医療の世界では、このことが失われつつあることが心配です。
下坂幸三 精神科医・心理療法家
臨床(りんしょう)とは
聞き慣れない言葉かも知れませんが、
カウンセリングも臨床の営みの一つです。
そして、下坂氏が語るように
「症状の意味を大切にする」という姿勢が、
昔から、臨床の場では大切にされてきました。
ただし、
誤解されないために申し上げると、
カウンセリングの中で
「症状の意味を考えていきましょう」
などと、やっているわけではありません。
カウンセリングでは
自由な気持ちでお話しいただくことを
大切にしています。
『症状の意味を大切にする』とは
具体的には・・・
神経症の症状とは・・・
なにか大切な意味があって、現れているのかも知れない。
あるいは、
なにかの必要があってのものかも知れない。
・・・このような、
『症状に向ける眼差し』を指しています。
神経症 :
症状ばかりに目を向けることの限界
ご相談者の方から
こう言われることがあります。
こんな症状に、自分にとって意味があるなんて、少しも思えない。
確かに、おっしゃる通りだと思います。
ただし、この場合の「意味」というのは、
「雨が降りそうなので傘を持っている」
というような、
整合(せいごう)的で
目に見えて分かりやすいもの
・・・ではないところに、
その深い特徴があるものです。
そのため〝症状〟を取り除くことにしか
両者(ご相談者とカウンセラー)の目が向かずにいると、
深い森の中に入り込んで
道を踏み迷うことになりかねない
・・・ということがあります。
病院のカウンセリングの時には、強迫症状の話ばかりだったので、かえって辛くなってしまって・・・
ご相談者のお話
筆者とのカウンセリングで、
そう打ち明けてくださる方も
いらっしゃいます。
神田橋條治(じょうじ)氏が
治療者に向けて、このように助言しています。
神田橋條治 精神科医
神経症のパターンや症状は、すべて好ましからざるものであると、見なされがちである。しかし、この見方は治療には役立たない。
好ましくないと前提して始める治療が、どのような経過をたどるかは、すでに日常目にする通りである。
神田橋氏の治療者への助言とは、
治療では、
それが患者さんの自然な回復・改善に
役立つものであるかどうか、
自然な回復・改善を
妨げないものであるかどうかを、
まず考えてみてください・・・
そういった意味として語られています。
これは『症状の意味を大切にする』という
臨床が大切にしてきた姿勢や考え方と、
深くつながるものです。

神経症のカウンセリング :
ご相談者の〝心のペース〟を大切にする意味
神経症(不安障害・強迫症)のカウンセリングでは
症状の話ばかりではなく、
いろいろなことを話し合いながら、
ご一緒に考えていくことを大切にしています。
「この症状を早くどうにかしたい」
そう考えている方からすると
遠回りに思えるでしょうか?
でもカウンセリングに限らず、
遠回りに見えて結局は一番の近道
ということは、意外に多いかもしれません。
精神科医・安永浩氏が語る事例
著名な精神科医
故・安永浩(やすなが・ひろし)氏が
治療者への戒めとして、
次のような事例を語っています。
安永 浩 精神科医
長年の神経症症状が見事にとれて、医師・本人ともども喜んだのに、突然自殺を遂行するというショッキングな例も、実際に存在する。
治療者も完璧な者などいません。
ただし、症状ばかりに目を向けていると
患者さん(ご相談者)の心が置き去りにされてしまうことが、起きてきます。
この事例では、
患者さんに『躁的(そうてき)防衛』が
起きていた可能性も考えられそうです。

このような事例を拝見するとき、
〝心のペース〟を大切にすることの意味を
改めて教えられることになります。
そして、筆者とのカウンセリングで
「症状が軽くなるのが、とっても不安」
などの複雑な感情を打ち明けてくださる方たちが、
むしろ、
とても自然なように思うのです。
それに神経症は
「(症状が)抜ける」という言い方がされるように、
カウンセリングでお話しをしているうちに、
気がついたら、いつの間にか
「症状が軽くなっていた」
「症状が気にならなくなっていた」
そうしたことが
自然に起きることがあります。
身体に現れる神経症(転換型)
身体にあらわれる形の神経症も
昔から知られています。
身体の機能障害(きのう・しょうがい)として生じる症状です。
機能障害とは
肉体には具体的に疾患や異常は見られないにもかかわらず、
その動きや働きの面で、失調が起きている状態です。
こうした身体の症状として現れる神経症を、
「転換(てんかん)型」と呼んできました。
身体に現れる神経症の具体例
役者さんに見られる症状
役者さんや声優さんの中には
セリフを喋っている時に
口が思うように動かなくなる症状に
苦しむ方がいらっしゃいます。
ジストニアと呼ばれていますが、
中には、原因がよくわからず
神経症的な経緯をたどるケースがあります。
実際に、カウンセリングにお越しになる方もいます。
楽器演奏にかかわる症状
音楽大学の在学生だとか
音楽教室の先生の中には
身体上の異常は確認できずに、
楽器演奏にかかわる指や手が
思うように動かなくなる症状に悩むケースがあります。
ご本人が神経科を受診する場合もあり、
そこで精神科や心療内科を、勧められることになります。
身体にあらわれる神経症の場合には、
特に、心を複雑化させないカウンセリングが
とても重要になります。

原因不明の歩行困難から復帰へ:
田辺靖雄さんの事例
歌手の田辺靖雄さん
のケースがあります。
以下のお話は
T Vの健康関連番組で
語っていらしたものです。
ある朝、仕事に行くために玄関を出て、歩こうとした時、両足の付け根に激しい痛みが走って、そのまま一歩も歩けなくなってしまった。
足を踏み出そうとすると激しい痛みが襲ってくる。
すぐに病院へ連れていってもらい、その日から車イス生活。
通院しながら、病院でありとあらゆる検査をしたけれど、どこにも異常が見当たらない。「原因不明」と告げられた。
そこで、すぐに入院するように言われた時、奥さんで歌手の九重佑三子(ここのえ ゆみこ)さんは、「原因が分からず、治療法もないというなら、入院させる意味がありません」と言って、自宅に連れて帰って来たと語っています。
その日から、自宅で夫婦二人三脚で養生をしていく中で、また元気に歩けるようになり、1年後に仕事に復帰したということです。
歩けなくなる暫く前から
体調の変調があったと語っています。
たとえば、あくびが出て仕方がない。とにかくあくびが出る。
それから歌詞が覚えられなくなっていた。
「ぜんぜん歌詞が頭に入ってこなくて、ステージに出てもうまく歌えなくなっていたけど、忙しかったので、とにかく仕事をこなし続けていた」と言います。
もしかすると、発症のしばらく前から
なんらかのストレスと心の疲労とによって
精神的葛藤(かっとう)状態に
いらした可能性が考えられます。
奥さんの九重佑三子さんは、
「絶対に治る、良くなると信じていた」と語ります。
生活を共にする奥さんだからこそ、
ご主人を毎日見ていて
何かを感じ取っていたのかもしれません。
実際に、夫婦で養生といっても
お話をうかがっていると、
たとえば、
奥さんがご主人にコーヒー出す時などは、
ご主人が自分で動いて取らなくてはならないように
テーブルの遠くにカップを置くなどして、
ご主人に自分で歩くことを
無言で促(うなが)していたようです。
このような接し方は
奥さんという存在だからこそ、出来ることだと言えそうです。
ただし、一見神経症ではないかと
見まがうような機能障害が、
中枢神経の疾患による場合もあるため
まず検査が必要です。
カウンセリングでお伝えしたいこと
神経症の症状とは
外から入ってきたものとは違って、
その人の内側で生まれてくるものです。
たとえるなら
〝分身〟のようなものかもしれません。
カウンセリング森のこかげ(東京都品川区)では、
〝心のペース〟を大切にしながら
ご一緒に考えてゆきます。
「こんなことを相談してもいいのかな」と
迷う段階であっても大丈夫です。
まずは、そのままお問い合わせいただければ幸いです。
『神経症』という用語について
「神経症」という伝統的な用語は
現在の診断名としては
あまり使われなくなっています。
精神科医の神田橋條治(じょうじ)氏が、
診断名について次のように語っています。
神経症と呼ばれる分野は
あまりにいろいろな症状があるため、
神経症という呼び名を廃止して、症状ごとのたくさんの診断名に分けた方がよいと、考える傾向になっています。
神田橋條治 精神科医
しかし神経症という言葉は、
医療職や心理職、精神科医同士では
いまも普通に使われています。
ですので、『神経症』という名称は、
個々の症状名・診断名を越えた
共通語のようなものとお考えください。
必要な方に届くことを願っています。
よろしければ、
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