神経症(不安障害・強迫症)のカウンセリング|心のペースを大切にすることの意味

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神経症のカウンセリング :
カウンセリングで重要になること

不安障害や強迫症などの
神経症と呼ばれる症状を抱えて
苦しんだり悩んだり、していませんか?

この記事は
カウンセラーとしての経験を踏まえながら、
「神経症のカウンセンリグ」について
お伝えしています。

神経症の症状には
その人なりの理由や背景があるもの
・・・そう言われています。

ですので、症状のことばかりではなく、
いろいろなことをお話ししながら
ご一緒に考えてゆくカウンセリングを行っています。

あなたが少しずつ、楽になってゆく
・・・カウンセリングが一番大切にしていることです。

最後までお読みいただいて
ご一緒に考えていけたら、幸いです。

神経症の癒しをイメージする蝶のイラスト

『神経症』という用語について

神経症としてあらわれる症状や状態には
とても様々なものがあるため、
「人の数だけ症状がある」とも言われます。

一方で「神経症」という伝統的な用語は
現在の診断名としては
あまり使われなくなっています。

精神科医の神田橋條治(じょうじ)氏が、
診断名について次のように語っています。

神経症と呼ばれる分野は
あまりにいろいろな症状があるため、
神経症という呼び名を廃止して、症状ごとのたくさんの診断名に分けた方がよいと、考える傾向になっています。

神田橋條治 精神科医

しかし神経症という言葉は、
医療職や心理職、精神科医同士では
いまも普通に使われています。

ですので、『神経症』という名称は、
個々の症状名・診断名を越えた
共通語のようなものとお考えください。

ご相談者の方たちが語る
神経症の症状への複雑な感情

カウンセリングでお会いして
幾度かご一緒にお話しをしていく中で、
複雑な感情や心境を
お聴きすることがあります。

下に記した言葉は、
筆者とのカウンセリングの中で
ご相談者の方たちが、実際に語ってくださったものです。

症状を語るご相談者のイメージイラスト

落着いてきて (症状が) 気にならなくなってきたら、自分の中がカラッポになってしまったような、ひとりぼっちで暗闇に落ち込んでしまったような、そんな気持ちになってしまいました。


もうこれ以上良くなりたくない。


良くなりたいと思っているはずなのに (症状が) なくなったり、軽くなったりしていくのが、とっても不安なんです。

たとえば、
ご自分の過食嘔吐の行動に悩んで
カウンセリングにいらしていた方が、
過食嘔吐が随分と改善していった頃に

久しぶりに思いっきり食べて吐いたら、まだこんなに吐けるんだと思って安心した。

そう打ち明けてくださる方は
お一人やお二人ではありません。

気持ちを少しずつ整理してゆく大切さ

こうした心境をお読みになって
意外に思われますか ?

でも、人の心に添いながら
ご一緒に考えてゆくとき、
少しも意外な言葉ではありません。

ご自分の中の様々な気持ちと出会い
それを少しずつ整理し、消化してゆく
・・・
このことは神経症に限らず
カウンセリングでは、とても大切になります。

神経症症状の改善に大切な一歩: 「どうしていきたいか」を話し合う

初回にいらした時には
「この状態(症状)をとにかくどうにかしたい」
そう強く訴えていらしていた方が、
二回・三回とお話しをしながら
落ち着いてゆく中で、
「これは、このままでもいいんです。
せめてこの部分を、もう少しなんとかしたい」
・・・というように、
カウンセリングの目標・目的が
少しずつ変化していく場合があります。

お話しをしながら、
“無理のない目標”に落ち着いていくことは、
良くなってゆく兆し(きざし)、でもあります。

     
症状のイメージとしての三輪の花

〝症状の意味を大切にする〟とは : 臨床で大事にしていること

『症状の意味を大切にする』
そうした考え方があります。

たとえば、
下坂幸三(しもさか こうぞう)氏が
このように語ります。

症状の意味を大切にするということは、治療的方法の違いを越えて、これまでは臨床の場での基本的な姿勢でした。
しかし薬物治療が全盛になった今日、精神科医療の世界では、このことが失われつつあることが心配です。

下坂幸三 精神科医・心理療法家

臨床(りんしょう)とは
聞き慣れない言葉かも知れませんが、
カウンセリングも臨床の営みの一つです。

そして、下坂氏が語るように
「症状の意味を大切にする」という姿勢が、
昔から、臨床の場では大切にされてきました。

ただし、
誤解されないために申し上げると、
カウンセリングの中で
「症状の意味を考えていきましょう」
などと、やっているわけではありません。

カウンセリングでは
自由な気持ちでお話しいただくことを
大切にしています。

『症状の意味を大切にする』とは
具体的には・・・
症状とは
なにか大切な意味があって、現れているのかも知れない。
あるいは、
なにか必要があってのものかも知れない。
・・・このような、
症状に向けた『眼差し』のことをいいます。

症状ばかりに目を向けることの限界

ご相談者の方から
こう言われることがあります。

こんな症状に、自分にとって意味があるなんて、少しも思えない。

確かに、おっしゃる通りだと思います。

ただし、この場合の「意味」というのは、
雨が降りそうなので傘を持っている
というような、
整合(せいごう)的で
目に見えて分かりやすいもの
・・・ではないところに、
その深い特徴があるものです。


そのため〝症状〟を取り除くことにしか
両者(ご相談者とカウンセラー)の目が向かずにいると、
深い森の中に入り込んで
道を踏み迷うことになりかねない

・・・ということがあります。

病院のカウンセリングの時には、症状の話ばかりだったので、かえって辛くなってしまって・・・
ご相談者のお話

筆者とのカウンセリングで、
そう打ち明けてくださる方も
いらっしゃいます。

神田橋條治(じょうじ)氏が
治療者に向けて、このように助言しています。

神田橋條治 精神科医
神経症のパターンや症状は、すべて好ましからざるものであると、見なされがちである。しかし、この見方は治療には役立たない
好ましくないと前提して始める治療が、どのような経過をたどるかは、すでに日常目にする通りである。

神田橋氏の助言は、
治療者として関わる臨床家にとって、
とても大切なものになります。

ご相談者の〝心のペース〟を大切にする意味

カウンセリングでは
症状の話ばかりではなく、
いろいろなことを話し合いながら、
ご一緒に考えていくことを大切にしています。

「この症状を早くどうにかしたい」
そう考えている方からすると
遠回りに思えるでしょうか?

でもカウンセリングに限らず、
遠回りに見えて結局は一番の近道
ということは、意外に多いかもしれません。

精神科医・安永浩氏が語る事例

著名な精神科医
故・安永浩(やすなが・ひろし)氏が
治療者への戒めとして
次のような事例を語っています。

安永 浩 精神科医
長年の神経症症状が見事にとれて、医師・本人ともども喜んだのに、突然自殺を遂行するというショッキングな例も、実際に存在する。

・ 長年の症状がある時見事にとれる。
・ 医師・患者二人ともが喜び合う。

臨床家目線で申し上げると、
そこに危うい(あやうい)ものを
感じることになります。

この事例では、
結果的に『躁的(そうてき)防衛』が
患者さんに起きていた可能性があります。

『躁的防衛』の意味はこちらリンクの記号

躁的防衛とは

無意識の防衛反応のひとつ。
本当は直面した事態を受け止められずに、ショックや不安、恐れなどの感情に襲われて、激しく動揺している自分がいるにもかかわらず、
むしろ逆の言動(ハイテンション、前向き、陽気さ、快活さ)をとることで、
ショックや動揺という事態から、自分を守ろうとするもの。
日常の中で見られるものから、
この事例のように
深刻な意味を持つものまで、さまざまです。

このような事例を拝見するとき、
〝心のペース〟を大切にすることの意味を
改めて教えられることになります。

そして、筆者とのカウンセリングで
「症状が軽くなるのが、とっても不安」
などの複雑な感情を打ち明けてくださる方たちが、
むしろ、
とても自然なように思うのです

それに神経症は
「抜ける」という言い方がされるように、
カウンセリングでお話しをしているうちに、
気がついたら、いつの間にか
「症状が軽くなっていた」
「症状が気にならなくなっていた」
そうしたことが
自然に起きることがあります。

身体に現れる神経症(転換型)

身体にあらわれる形の神経症も
昔から知られています。

身体の機能障害(きのう・しょうがい)として生じる症状です。

機能障害とは
肉体には具体的に疾患しっかんや異常は見られないにもかかわらず、
その動きや働きの面で、失調が起きている状態です。

こうした身体の症状として現れる神経症を、
「転換(てんかん)型」と呼んできました。


身体に現れる神経症の具体例

役者さんに見られる症状

役者さんや声優さんの中には
セリフを喋っている時に
口が思うように動かなくなる症状に
苦しむ方がいらっしゃいます。
ジストニアと呼ばれていますが、
中には、原因がよくわからず
神経症的な経緯をたどるケースがあります。

実際に、カウンセリングにお越しになる方もいます。

楽器演奏にかかわる症状

音楽大学の在学生だとか
音楽教室の先生の中には
身体上の異常は確認できずに、
楽器演奏にかかわる指や手が
思うように動かなくなる症状に悩むケースがあります。

ご本人が神経科を受診する場合もありますが、
精神科や心療内科を、勧められることになります。

心を複雑化させないカウンセリングが
とても重要になります。

田辺靖雄さんのケース

      田辺靖雄と九重佑三子の写真

歌手の田辺靖雄さんリンク記号のケースがあります。

ご自分では気づかぬうちに
心がいっぱいに、なっていらしたのでしょうか。

以下のお話は
T Vの健康関連番組で
語っていらしたものです。

ある朝、仕事に行くために玄関を出て、歩こうとしたとき、両足の付け根に激しい痛みが走って、そのまま一歩も歩けなくなってしまった。
足を踏み出そうとすると激しい痛みが襲ってくる。
すぐに病院へ連れていってもらい、その日から車イス生活。

通院しながら、病院でありとあらゆる検査をしたけれど、どこにも異常が見当たらない。「原因不明」と告げられた。
そこで、すぐに入院するよう云われた時、奥さんで歌手の九重ここのえ佑三子ゆみこさんは、「原因が分からず、治療法もないというなら、入院させる意味がありません」と云って、自宅に連れて帰って来たといいます。

その日から、自宅で夫婦二人三脚で養生をしていく中で、また元気に歩けるようになり、1年後に仕事に復帰したということです。

玄関から出ようとして歩けなくなる暫く前から、体調の変調があったと云います。
たとえば、あくびが出て仕方がない。とにかくあくびが出る。
それから歌詞が覚えられなくなっていた。
ぜんぜん歌詞が頭に入ってこなくて、ステージに出てもうまく歌えなくなっていたけど、忙しかったので、とにかく仕事をこなし続けていた、と云います。

もしかすると、発症のしばらく前から
なんらかのストレスと疲労とによって
精神的葛藤かっとう状態に
いらした可能性があります。

奥さんの九重ここのえ佑三子ゆみこさんは、
「絶対に治る、良くなると信じていた」と語ります。

生活を共にする奥さんだからこそ、
ご主人を見ていて
何かを感じ取っていたのかもしれません。

ただし、一見神経症ではないかと
見まがうような機能障害が、
中枢神経の疾患による場合もあるため
まず検査が必要です。

カウンセリングでお伝えしたいこと

神経症の症状とは
外から入ってきたものとは違って、
その人の内側で生じて
ご自分に影響を与えているものになります。

たとえるなら
〝分身〟のようなものかもしれません。

カウンセリング森のこかげ(東京都品川区)では、
〝心のペース〟を大切にしながら
ご一緒に考えてゆきます。

まずは気軽に、
お問い合わせいただければ幸いです。

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