内因性うつ病とは : 内因性の意味と特有の症状を解説します

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内因性うつ病について

精神医学ではこれまで
本格的なうつ病のことを
内因(ないいん)性うつ病』と呼んできました。

現在では、それを
メランコリー型うつ病』という分類名で呼ぶことがあります。

この記事では、
『内因性うつ病』に特有とされる症状や状態像
精神面を中心に、
著名な精神科医の言葉を引用しながら
記(しる)しています。

本項は
「診断」を目的とするものではありません。

内因性うつ病という用語は
現代の診断基準(DSM-5, ICD-11)では用いられていませんが、
臨床家や精神科医の間では、
診断や治療の面から
この概念と用語は依然として重要なものと理解されています。

濱田秀伯(はまだ ひでみち)
メランコリー(独語・Melancholie)は、デプレッション(depression)が広く使われるようになる前の内因性うつ病の旧名である。

内因性うつ病とは、
自律神経症状を伴いながら

  • 希死念慮 (きしねんりょ)
  • 生気悲哀 (せいきひあい)
  • 思考と行動の抑制 (よくせい)
  • 自責 (じせき)観念
    あるいは、罪業(ざいごう)妄想

などが現れてきます。

ただし、これらの症状が
すべて同じように現れるわけではなく、個人差があります。

津田 均 精神科医
(比較的軽症の症例や発症初期の場合には)内因性うつ病の例であっても、内因性うつ病に特徴的な症状が出揃っているわけではない。

〝内因性〟の理解のために : 精神医学の三分類

内因性うつ病の〝内因性〟を理解ためには、
精神医学における伝統的な三分類を知ることが大切です。

伝統的な精神医学では昔から
様々な病態について
その病態の元にある発病要因を
『内因性・外因がいいん性・心因しんいん性』という
三つの領域に捉えてきました。

木村敏による三分類の解説

著名な精神科医の故・木村敏(びん)氏が、
一般の人にもわかりやすく
三分類を解説しています。

心因性とは、心理的な要因が元になって生じた病態について云われる言葉です。
最近問題になっているPTSD(心的外傷後ストレス障害)だとか解離性障害。これらなんかは複雑なものですが、やはりこれも心因性です。
それから昔から神経症と云われてきた病像。これらも「心因性」のカテゴリーに入ります。
というよりもむしろ、そういった神経症性のものこそ、心因性の病態の代表的なものなのです。


外因性というのは「器質性」というものと、だいたい同じ意味です
外因の外とは、心の外つまり身体のことを意味しています。
身体あるいは脳に、具体的に確認できるような形で生じている疾患や病変によって、精神症状や精神疾患を引き起しているものを指します。


そして、こうした心因性、外因性を除いたものを「内因性の精神疾患」と呼んできました。
精神医学の中心的な病気。
つまり統合失調症、本格的なうつ病(内因性うつ病)、躁うつ病、パラノイアと呼ばれる妄想病、いわゆる非定型精神病などは、すべて「内因性」に分類されています。

精神医学という専門領域が、内科学から分離して存在している理由。
単なる心療内科ではない精神科というものの存在意味。それが内因性の疾患なのです。
木村 敏 精神科医・精神病理学

「内因性」とは、
イコール遺伝性という意味ではありません。

病の本質」として、
心因性や外因性では説明できないもの
という意味になります。

内因性うつ病の「徴候」とは : 鑑別診断で重要な他覚症状

内因性うつ病を適切に診断するには、
患者さんが訴える自覚症状だけでなく、
外に表れ出ている「徴候(ちょうこう)」を、客観的に捉えることが重要とされます。

「症状」には、自覚症状他覚症状という二つの種類があります。

他覚症状のことを、
正式には徴候(ちょうこう)と言います。

自覚症状とは、
本人が自分で感じ訴える症状です。

たんに「症状」という時には
多くは自覚症状を指しています。

徴候(他覚症状)とは、
他者(医師など)が、本人が外に表しているもの(様子や雰囲気、表情や言動)を捉えて、判断するものです。

診断治療には、どちらも不可欠なものになります。

精神科医が捉える具体的な徴候

うつ病の男性患者 1858年頃

中安信夫(なかやす のぶお)氏が
内因性うつ病の徴候について語ります。

(うつ病についての議論を聞いて)
「顔見りゃみわかるじゃないか!」というものであり、この点は、一緒に聞いていた同僚もまったく同じで、二人の口から同じ言葉が出た。
全般的に緩慢(かんまん)な動作や挙動。
うつむきがちで萎縮した姿や雰囲気。
苦渋(くじゅう)を呑み込んだような、同時に生気を失った表情。
こちらの質問に対する即答性に欠け、
返答までに間があき、途切れがちな応答ぶり。ゆっくりした抑揚に乏しい小声など。
こうした表出の観察なくしては、
うつ病の鑑別(かんべつ)診断はできない。
中安信夫 精神科医・精神病理学

「表出」と言って
一つひとつ挙げているが
内因性うつ病の徴候になります。


うつ(鬱)と「うつ病」の違いについては
こちらの記事で解説しています。

内因性うつ病の病像 : 抑制・生気悲哀・自責観念

ここでは内因性うつ病に特有な
症状や状態像について触れています。

「抑制」と自律神経の不調和

内因性うつ病特有の状態像に
抑制 (よくせい)と呼ばれるものがあります。

内因性うつ病が深くなるに従って、重症化していきます。

中井久夫氏が語ります。

うつ病のうつ状態では、まず抑制が特徴である
動作はのろくなり、口数も少なくなる
「口が重い」「重苦しい動き」という印象である。ひどいときは、這っている虫を見ても「いっしょうけんめい働いている、オレよりエライ」と感心する。
思考・行動だけにとどまらない。
たとえば感情も抑止され、重症の時には、そもそも喜怒哀楽が湧かない、涙も出てこない。表情も抑制される
とくに決断がつかなくなる
重症になると、階段の途中で、上に行くか降りるべきかで決められなくて、階段の途中で立ち往生したりする。また抑制は自律神経や身体にも及び、つばも出なくなり、口がかわく、便秘となり、食欲もなくなる
食べていても味が分からなくなり「ただ口に入れています」という。
うつ病は心身にわたる病気である。
中井久夫 精神科医

野の草

自律神経系の症状として・・・

  • 突発性の発汗。
  • 急な〝のぼせ〟と冷え。
  • 口の渇き。便秘。
  • 味覚・臭覚の低下。

・・・などが顕著になります。

うつ病というのは自律神経系の不調和が、ほとんど必発であらわれる
たとえば
手に汗かく患者さんがいたら、「これ足の裏まで汗かくと重症なんだけど、足の裏はどうですか 」って聞くんです。
「靴下が濡れます」とか患者さんが云ったら、「そうか、だいぶ進んでいるよ」というふうにして、ひとつずつやっていくんです。
神田橋條治(じょうじ)精神科医

中井久夫氏が
次のような事例を語っています。

三十歳の主婦であった。
産後うつ病と診断され他で治療を受けていたが、二年間も改善せずに自殺を図ったため、近親者が連れてきた。
問診で意外に思ったことは、まず涙もろいことであった。さらに私は二十分ほどの面接の間に彼女の気分をほぐして、笑わせるところまできた
こういうことはうつ病ではまずない。
うつ病だとしたら、随分よくなっていることになる。

中井久夫 精神科医

誤った診断を防ぐ意味からも、
きちんとした鑑別診断が大切になります。

       百合の花

生気悲哀と心身の苦しさ

内因性うつ病の症状のひとつに、
「生気悲哀(せいき ひあい)」という症状群があります。

たとえば
腸のあたりに鈍い感覚がある。
腸が詰まっているようで苦しい
吐き気がして、胸がどきどきして手が震え、身体が圧迫されている感覚
・・・こうした訴えとして現れます。

生気悲哀の症状は、
内因性うつ病の精神症状が極期に至らない発病初期だとか、
比較的軽症で顕在化する
、と指摘されています。

精神科医の津田 均(ひとし)氏が、
軽症の内因性うつ病の症例を記しています。

症例報告の中から
生気悲哀の訴えと思われる部分を、引用します。

内因性うつ病と考えられるものである。
中年の女性。からだの病気が何かあるのではないかと不安だ、というもの。
「胸のあたりがモヤモヤする、変な病気が自分にあるのではないかとも思う」と言う。受診から数週間後、急に手足が締め付けられるような症状が出て、家の近くの一般病院を救急で受診。検査所見に異常はなく帰宅。

津田 均『気分障害は、いま』

生気悲哀の訴えが
心気(しんき)症という神経症の症状として扱われてしまい、
本来のうつ病としての治療に至らない場合のあることも、指摘されています。

心気症とは、
自分は何かの重い病気に侵されている
・・・という不安に
強く囚われ続けるものです。

生気悲哀には
さまざまな訴えがみられます。

  • 後頭部が重くモヤモヤして、スッキリしない。
  • 胸の奥に水が溜まっているみたいで、苦しい。
  • 頭が痺れ、眼がこわばって同僚と視線を合わせられない。
  • 体が圧迫されて締め付けられる不快感。

直接的には
身体症状として訴えられますが
それは単なる身体の症状ではありません

内因性うつ病を六度にわたって経験した
精神科医の田中恒孝(つねたか)氏は
生気悲哀について・・・

うつ病発症の初期に体験した最も辛い症状のひとつは、心と身体が渾然一体となった苦痛と抑うつ気分であり・・・

・・・と語っています。

田中恒孝 精神科医
六度の発病に共通して現れていた生気悲哀のひとつである「顔面のこわばり」感覚は、自分自身では実際に顔が歪んで醜くなっており、周囲の人々に悪感情を与えていると感じて、顔を伏せ、他人の視線を避ける不自然な姿をしていました

生気悲哀と仮面うつ病の関係

内因性うつ病では
「仮面うつ病」が問題にされます。

生気悲哀による身体的な訴えが表に出て、
精神的な症状が後ろに隠れているものを
仮面うつ病』と呼んでいます。
(田中恒孝・精神科医による)

ですので、仮面うつ病を理解し
適切な診断治療を行うためにも
生気悲哀を知っておく必要があると、考えられます。

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内因性うつ病における
自責観念と希死念慮

内因性うつ病では、希死念慮(きし ねんりょ)が問題になります。

希死念慮とは
死へ向かってゆく意識のことで、
実際の自殺企図(じさつ きと)につながるものです。

希死念慮については
中安信夫(なかやす のぶお)氏が注意を促しています。

中安信夫 精神科医
(内因性うつ病の診断を間違えてならないのは) うつ病はどんなに軽症であっても、また初期であっても、希死念慮が必発であり、稀ならず自殺企図が生じるからである。

これまで記してきた病像から考えて
当然ではありますが、
思考の面では
厭世的・悲観的な観念や妄想が
つよく頭を占めてゆくようになります。

「観念」と「妄想」の違い

「観念」という場合には
たとえば、「オレはダメな人間だ」
という悲観的な思考で自分を責める一方で、
「でも、オレだって自分なりに頑張ってきたつもりだ」という思考も、並立し得る状態のことです。

「妄想」とは、
「オレはダメな人間だ」という考え一色だけが、すべての思考を支配する状態です。

内因性うつ病の場合には、
生きてゆく内的な「支え・よりどころ」としての〝何か〟が、失われてゆく心境の中で、
厭世観に沈んでゆきます。

自分を責め、自分の不甲斐なさを責め

自分が行なった何かの行為に対して、
「大変な失敗を犯した」
「大変な迷惑をかけてしまった」という自責の念に囚われて、
「とり返しのつかないことをした」という妄想に さいなまれていきます

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内因性うつ病を経験した田中恒孝氏は
精神科医の推測ではなく、
「当事者が自らの自殺企図体験を振り返り、文章化しておくことが大切」と考えて、
次のように書いています。

意識は悲観的な思考一色に塗りつぶされて、苦痛な妄想思考に苛まれていました
多くの教科書には、自殺を示すような何らかの〝ほのめかし〟だったり、救いを求めるサインがあると、記載されています。
しかし筆者は、そのような言動は一度もしていません。筆者のような内因性うつ病の患者であれば、自殺をほのめかして、周囲の人を巻き込むような言動はとらないでしょう
筆者を例にとると、希死念慮は存在していましたが、真剣に決断するには至っていませんでした。
しかし遺書を書く段階では決断しており、事前に家族に気づかれないために、決行の場所や時間を見定めていました
うつ病からくる「妄想の責め苦」に負けて、死を恐れる気持ちは皆無だったように思います
自殺をおこなう直前には、うつ病からくる耐え難い辛さや苦しさから解放され、「ようやく罪ほろぼしができる」と、ほっとした心の安寧(あんねい)や安堵感が湧き上がっていました。
うつ病の自殺は、初期や回復期の軽くなった時に起きやすい、と言われてきました。
しかし、筆者の場合には、明らかにうつ病の極期に行なっています。(安寧とは、心おだやか、やすらぎを感じる状態)

田中恒孝 精神科医

内因性うつ病からくる自責観念だとか、
「取り返しのつかないことを犯した」という妄想の苦しさが、
迫ってくるような文章です。

田中恒孝氏のうつ病の場合には、
程度の違いはあっても
六度とも重症に入るものでした。

奥さんのメモから

ちなみに
田中恒孝氏の奥さんのメモには
ご主人の様子が書き留められています。

気分が悪そうにしていて無口で元気がない。
昨日は一睡もできなかったと云っている。
アルツハイマーになってしまったと云い、落ち着かない様子で部屋の中を歩き回る。
「病院中が僕の認知症を知っている」「間違いが多く迷惑をかけている」など、悲観的な訴えが急に増える。
早朝五時頃に起き出してきて、両腕を突き出し、警察へ出頭して自首しなくてはならないと云い出す。患者さんを死なせてしまったといって、不安そうで落ち着かない。
気分転換を兼ねてお蕎麦を食べに出かけるが、車の中で蒼い顔をして顔面を伏せている。ほとんど無口で外の景色にも興味を示さない。

内因性うつ病の治療と回復の道筋: 休息、服薬、そして再発予防

病から回復してゆくことを
山頂から下ってゆくこと
「下山」にたとえているのが、精神科医の中井久夫氏です。

中井久夫
回復は登山でいうと、山を登るときでなく山をおりる時に似ています。
「闘病」という言葉は、どちらかというと山登りの方を連想させますが、そうではありません。
病は森の中に道を失って、孤独な登山の果てに到達するのです。
病が始まった時、患者はすでに山頂にいます。それもひとりでは下りられない山頂にいます。
登りに力を使い果たし、疲れ果てて、道は尽き、目標を見失って、当人にとっては四方が断崖の山頂にいるのです。

内因性うつ病の場合には
初期治療として「休息すること」が不可欠とされます。

そして、
「本人が余計につらくなるから、頑張れなどの励ましは、やるべきでない」と言われるわけです。

この場合の休息とは
脳を休めるために、身体を休めることです。

笠原 よみし 精神科医
うつ病の治療は薬物治療と休息療法という両輪からなる。わたしの経験では、休息を抜きにした薬物治療の効果には疑問がある。

神田橋條治 精神科医
僕はうつ病の患者さんに
「脳っていうのは、家で寝転んでいても休息せんからね」って言うんですよ。
「頭というのは、筋肉を休ませていても勝手に活動しているから、休息させるためには薬が要る場合があるよ」と言って、服薬してもらいます。

治療への入り方

内因性うつ病の場合、一般的には
3ヶ月から6ヶ月くらいが回復への目安である
と、言われています。

見通しに関して、「十分回復するまで、3ヶ月から6ヶ月をみてください」というと、「え! そんなにかかるんですか」という反応が返ってくることが多いですね。
自分が同じように言われたら、やはりショックを受けるでしょうから、患者さんの気持ちはわかります。

原田誠一 精神科医

その上で、
臨床家・治療者として知られた神田橋氏が
このように語っています。

わたしは患者さんに、 「服薬と休養で治るのが一般的だといわれ、私も通常はそうだと思うけど、いろいろ悪い条件があると、長引いてしまうことがあるんですよね」 と言います。
神田橋條治 精神科医

改善の進み方を理解しておく

内因性うつ病の回復は
症状ごとに、改善の仕方には違いがあることが、言われています。

早く治りたいという焦りの裏返しで、
改善していないところばかり目がいって
悲観的な思いになってしまう患者さん
は、多いと言われます。

患者さんの焦りや、自己治療努力によって、時期尚早に活動を始めてしまって悪化する、ということがとても多いですね
ですので、患者さんが自分で自分を追い込まないように、周りの人が追い込んでしまわないように、気を配っておくことが大切です。

原田誠一

人間の生体の複雑さは、
臨床(カウンセリングも含まれる)に打ち込んでいる中で見えてきます。

どういう意味かというと、
内因性うつ病に限らず、
改善が自分の内側から起きた場合でも、
また外からの働きかけから起きても
かならず反作用が起きて
元に戻ろうとする動きがあることです。

ですから、
回復とは直線ではなく
〝行ったり来たりしながら〟進んでいくもの
・・・
そう理解することが大切です。

原田誠一氏も、次のように述べています。

ある程度回復したあとに、症状や状態に、一過性の揺り戻しが起きて、患者さんがこれを深刻に受けとめ過ぎて、いっそう悪化していくことがあります。
悲観のあまりに、自殺企図につながることもあるので、あらかじめ説明して、そういうことがある、ということを理解しておいていただく必要があります。

原田誠一


また、神田橋氏はこうも語っています。

治療とは治すことです。
抗うつ剤を出したら、これこれの症状が薄れた。しかし、その時もその後も薬は飲んでるまんま。それでは治療とは言えません
「抗うつ薬は松葉杖ですから、それで改善しても偽りの回復ですよ」と、僕は患者さんに伝えています。
薬での回復は、仕事へ戻るためではなく、
うつ病から回復してゆくための生活の工夫や、ひいては再発の予防の工夫、すなわち生活や生き方を見直すためのもの、であることを強調します。

休養と服薬で回復することは大切ですが、
そればかりではなく、
「うつ病になる前の状態」に戻るのではないことが、より大切かも知れません。

神田橋氏の言葉は
そのことを表しています。

ご自分自身を見直していく意味で
カウンセリングにお越しの方たちも
いらっしゃいます。

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