自分を見えなくさせるもの

見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。

       金子みすゞ
    『星とたんぽぽ』より




カウンセリングの中で
こんな訴えを、お聞きする事があります。


どうして自分はこうなんだろう、って
自分なりに考えていると、
やっぱり
こんな育てられ方をして来たから・
あんな親だったから、だから
わたしはこうなんだって、
思えてくるんです。

でも、だからって過去に戻って
やり直しが出来るわけじゃなし、
ただ話をすることで
どうにかなるのでしょうか。



おっしゃる通りかも知れません。

そして確かに、
過去へ戻るわけにもいきません。



でもそうなると、

考えれば考えるほど

いまの自分のことが、
そして悩んでいることが

どうにもならない事のように
思えて来ます。


更には、両親の存在・
そして両親との関係には、

他人にはわからない、
様々なことがあります。

ですので、カウンセリングの場でも

抱えているご両親への深い葛藤や
その複雑な思いを、お聴きし

ご一緒に、少しずつ
整理してゆくような機会は
決して少なくありません。

それはある意味で、

ご自分自身を取り戻してゆくための
大切な作業となります。



しかし、その一方で

こんな場合が
あるかも知れません。

物事の原因や理由の全てを、

あたかも
〝唯一の神〟を求めるかの様に、

ただ一つの事柄や存在に
負い被せることは、

自分自身を理解するための
大切な幾つもの事柄を

置き去りにしてしまう事が
起きてくるかも知れません
・・・と。


言葉を換えると、
自分自身のことを見えなくさせてしまう

・・・ 結果的に
そんな役割を果たしている場合が

あるかも知れません。

そうなってしまっては、
自分自身を

ひどく間違った行動へ、
追いやることにも繋がります。



或る時、女性のご相談者が
こんなふうに語っていらしたことを
思い出します。


私がこんなふうなのは、親にこんな育て
られ方をして来たから・親がこうだった
からだって、ずっと思ってたんです。

でも自分で子どもを生んで、子育てをし
て来て、「本当にそれだけだったのかな」
って、ちょっとだけ思うようになったん
です。
でも自分だけで考えていても、よく分か
らなくて ・ ・ ・ ・



そして、
カウンセリングにお見えになりました。

彼女は、ご両親のことは無関係だった、
と考えたわけではありません。

でも、それだけだったのかな?
・・・と思うようになった。

そう仰ったわけです。


たとえば、こんなお話を、
ご相談者の方から
実際に伺う機会があります。

●●●セラピーというものを受けて、
あなたはアダルトチルドレンだ、
共依存だ、と云われ

自分でもそうだと思うようになって、
トラウマを消し去るために、
という理由で

いろいろなワークを行なっていく。

そして最後には、
親と対決する必要があると云われて、

「あの時、こう云われた」
「こんなことをされて辛かった」

「わたしがこうなったのは、
 全てあなたのせいだ!!」 と

恨みや怒りを繰り返しぶつけて、
親に謝罪をさせる。

そうしてみて、

確かに恨みをぶつけている時は
スッキリもするけれど

今も自分は何も変っていない。
誰もハッピーになっていない。

結局、自分の課題や問題は
なにも解決されていない


・・・というものです。


中には、
こうしたことを繰り返すことで
かえって精神的に不安定になって、

クリニックに通院する方も
いらっしゃるようです。



わたしたちの心や内面は、
複雑系の世界です。

そして心とは、
形がなく目には見えないものです。

形もなく、目にも見えないので、
それをどのように云うことも
可能となります。


カウンセリングとは、

形のないもの・
目には見えないものの中に

見落とされてしまった形と
新しい命とを、

共に見つけてゆく営みでありたい、と
思っています。

そうでありたいと、願っています。




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お読みいただけると幸いで
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