好きな本の好きな一節


水村美苗 『日本語が亡びるとき』
筑摩書房

認識というものは、しばしば途方もなく遅れて訪れる。

きっかけとなった出来事や、会話、あるいは光景などから、何日、何年・・・場合によっては何十年もたってから、ようやく人の心を訪れる。
人には知らないうちに植えつけられた思いこみ、というものがあり、それが〝真実〟を見るのを、拒むからである。

人は思いこみによって、考えることを停止する。
たとえ〝真理〟を垣間見る機会を与えられても、思いこみによって見えない。
しかも、なかなかその思いこみを捨てられない。

〝真理〟というものは、時が熟し、その思いこみをようやく捨てることができたとき、はじめてその姿・・・
〝真理〟のみが持ちうる、単純で、無理も矛盾もない、美しくもあれば冷酷でもある、その姿を現すのである。

そして、そのとき人は、自分がほんとうは常にその〝真理〟を知っていたことさえも、知るのである。


高橋悠治
『1976年 プログラム・ノート』から

バッハの息子たちは、ドイツやイギリスの宮廷付音楽家になった。
バッハ自身は最後には教会の楽長で終わった。イタリアやフランスのあたらしい音楽を知りながら、複雑な対位法や和声の技術をすてきれなかったのだ。スタイル的には過渡期の人だった。

旧文化が没落し、新文化の野蛮な力がまだ完成しない時期に、その矛盾を一身にあつめて異常な透視力を形成する幸運を持った芸術家だ。
バッハの音楽は、2世紀以上たった今も、その有効性を失っていない。

この透視力は、孤独を代価とした。
晩年のバッハは、教会カンタータを書き飛ばす職務のかたわら、だれも見たことのない抽象の世界に閉じこもっていった。

1742年のゴルドベルグ変奏曲、1747年の音楽の捧げ物、1749年のフーガの技法、などにそれを聴くことができる。

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