好きな本の好きな一説



認識というものは、しばしば途方もなく遅れて訪れる。

きっかけとなった出来事や、会話、あるいは光景などから、何日、何年・・・場合によっては何十年もたってから、ようやく人の心を訪れる。

人には知らないうちに植えつけられた思いこみ、というものがあり、それが〝真実〟を見るのを、拒むからである。
人は思いこみによって、考えることを停止する。

たとえ〝真理〟を垣間見る機会を与えられても、思いこみによって見えない。
しかも、なかなかその思いこみを捨てられない。

〝真理〟というものは、時が熟し、その思いこみをようやく捨てることができたとき、はじめてその姿・・・〝真理〟のみが持ちうる、単純で、無理も矛盾もない、美しくもあれば冷酷でもある、その姿を現すのである。

そして、そのとき人は、自分がほんとうは常にその〝真理〟を知っていたことさえも、知るのである。

水村美苗 『日本語が亡びるとき』
     第二章 パリでの話



カテゴリーひとり言・随想