神経症 /カウンセンリグの視点から

カウンセンリグからみる神経症

| 人の数だけ症状が存在 |


むかしから「神経症」と呼ばれて来た
症状や状態があります。

しかし最近は、神経症と云う言葉は
表立って(特に患者さんに対して)は
余り使われなくなっています。

ただ「神経症」と云う言葉が
余り使われなくなったからといって、

神経症がこの世からなくなったわけでは
もちろん、ありません。

社会環境や生活環境が
激しく変化していく中で、
むしろ増えているのでは、ないでしょうか。


「神経症」と呼ばれるものには
いろいろな症状や状態があるので、

神経症とは
「人の数だけ症状や状態がある」
とも云われています。

ごく軽い状態も
よく見られますが、

一方で、神経症の症状のために
困っている方だとか、

中には、仕事や日常生活が
思うように出来なくなっている方も
いらっしゃいます。

カウンセンリグにいらした方から
クリニックに行ったら
〝神経症です〟と云われたけど、
 自分はそんなに神経質ではない

そうしたお話を、お聞きすることがあります。

この場合の「神経症」という用語は、
神経質と云う性格のことではありません。

「神経症による症状」だと思われます。
という意味になります。


| 診断名の細分化 |


神経症は、人により
いろいろな症状や状態として現れるため、

症状ごとに細かく診断名・病名を付けて
呼ぶ傾向になっています。

神経症と呼ばれる分野は、あまりにいろいろ
な症状があり、しかも「生まれつきの体質や
気質」が原因として大きいものや、「最近の
出来事や悩み」が原因として大きいものや、
「心の働きの癖」が原因となっているものや、
さまざまです。
ですから、神経症という大雑把な呼び名を廃
止して、症状ごとのたくさんの診断名に分け
た方がよいと考える傾向になっています。
    神田橋條治 精神科医・精神療法家

そして神経症の病名の特徴は、
目立つ症状を

そのまま病名にしていることが多い、

ということです。

神経症とされる病名では、
たとえば

強迫神経症(強迫性障害)。 不安神経症
社会性・社交性不安障害(対人恐怖症)
離人神経症(離人症)。 チック
自己臭。 抑うつ神経症(神経症性うつ)
恐怖症と呼ばれるもの
・・・閉所恐怖症不潔恐怖症尖端恐怖症
などなど。

これらがすぐに浮かんできますが、
その他にも
様々な病名・診断名があります。

そして数年ごとに、
同じ症状や病態が
別の病名や診断名に衣替えしていきます。

ですので、「病名」にこだわっていても
余り意味がありません。

上に記したものは
主に精神的症状として現れる神経症ですが、

身体の症状(機能障害)として
あらわれる病態の中にも、
神経症としてのものが含まれます。

* 機能障害とは、肉体や神経に具体的な
病変が見られずに、その働き・動きに
変調が起きることを意味します。

そのような神経症も
昔から認められています。


| 機能障害としての神経症 |


たとえば、
脚や膝が動かせず歩けなくなったり。
身体の一部が
麻痺(マヒ)したようになったり。

これは機能障害とは違いますが
比較的よく見られる神経症症状の一つに、

ノドに何かが引っかかる感覚が取れない、
ノドに異物感がある、
という体感神経症があります。

「咽喉頭 いんこうとう 異常感症」という
いかめしい診断名がありますが、
「ヒステリー球」とも呼ばれます。

書痙(しょけい)と云って、
字を書こうとする時に
手や腕が強張り振るえて、
字を書くことが出来なくなる症状もあります。

スポーツ選手のイップスも、
これに含まれるでしょう。

役者さんの中には、
セリフを喋っているときに
急に口が動かなくなる症状に
苦しむ方がいらっしゃいます。

ジストニアと診断されます。

たとえば、
歌手の田辺靖男さんのケースも、
こうした病態だったかもしれません。

ある朝、仕事に行くために玄関を出て、歩こ
うとしたとき、両足の付け根に激しい痛みが
走って、そのまま一歩も歩けなくなってしま
った。足を踏み出そうとすると激しい痛みが
襲ってくる。

すぐに病院へ連れていってもらい、その日か
ら車イス生活。
通院しながら、病院でありとあらゆる検査を
したけれど、どこにも異常が見当たらない。
「原因不明」と告げられた。
そこで、すぐに入院するように云われた時、
奥さんで歌手の九重佑三子さんは、
「原因が分からず治療法もないというなら、
入院させる意味がありません」と云って、
自宅に連れて帰って来たといいます。

その日から、自宅で夫婦二人三脚で養生を
していく中で、また元気に歩けるようになり、
1年後に仕事に復帰したということです。

奥さんの九重佑三子さんは、「絶対に治る、
良くなると信じていた」と語ります。
もしかすると、ご主人を見ていて何かを感
じていたのかもしれません。

ただし、
一見神経症と見まかうような機能障害が、
中枢神経の疾患による場合もあるため、
まず検査が必要です。


| 臨床精神医学での「神経症」の位置 |


(伝統的な)精神医学では以前から、
内因性・外因性・心因性の三つの原因領域を
区別して考えていました。

「心因性」とは精神的・心理的な要因から生
じた病態について云われる言葉です。
昔から抑うつ神経症とか、神経性うつ病と云
われてきた病像なども、これももちろん「心
因性」のカテゴリーに入ります。
というよりもむしろ、そういった神経症性の
病像こそ、心因性の病態の代表的なもと考え
られています。

「外因性」というのは、「器質性」というも
のと、だいたい同じ意味です。
身体あるいは脳に、具体的に確認できるよう
な形で生じている疾患や病変によって、
二次的に心の症状や精神的な異常を引き起し
ているものを指します。

そして、こうした心因性・外因性を除いたも
のを「内因性の精神疾患」と呼んできました。
精神医学の中心的な病気。つまり統合失調症、
本格的なうつ病や躁うつ病、パラノイアと呼
ばれる妄想病、いわゆる非定型精神病などは
すべて「内因性」に分類されています。

精神医学という専門領域が、内科学から分離
して存在している理由、単なる心療内科では
ない精神科というものの存在意味、それが内
因性の疾患なのです。
もしそれが「心因性」や「外因性」にすべて
解消してしまえるものならば、精神医学の存
在理由なんか、どこにもなくなってしまうは
ずのものなのです。
そして、内因性といわれる疾患にはどれも、
かなり特徴的な環境や状況が、発症の誘因
・要因として見られることに気づきます。
     木村 敏  精神科医・精神病理学

心因性とは、
「心理的・精神的要因」という言葉と
ほぼ同じ意味と考えて
よいと思います。

しかしこの「心理的要因」という言葉は、
一般の方たちに
とても誤解されやすい言葉としてあります。

「心理的要因」という言葉については、
是非こちらをお読みいただけたら、
と思います。
誤解される「心理的要因」の意味

| ほとんどの人が経験している |


このように記してくると、
神経症というものが、

なにか特別の病態のように
思われてしまうかも知れません。

しかし、神経症・
あるいは神経症的なものは、
日常の中にたくさん潜んでいるものです。

人間と神経症とは、昔から
切っても切れない関係にあるからです。

ごく軽度な神経症症状ということでは、

トイレの扉の取手を素手で握れない。
電車の吊り革を素手でつかめない、
という人たちは、意外に多いものです。

あるいはカギを閉めたかどうか不安になって
何度も確認してしまう。

ガスや火の元を何回も確認しに戻る。

それに類する「確認強迫」のような行為は、
一時的であれば
誰もが経験しているはずのものです。

それは、ストレス症状のひとつです。

あるいは、チックのように、
なにかの拍子に
ちょっとした同じ動作を
何度も繰り返してみたり。

このように
神経症的症状とされるものの多くが、
一過性でごく軽度な程度であれば、
ほとんどの人たちが
しばしば経験しているものです。

「自分にはない」としたら、
ただ覚えていないだけです。

ですので、それが改めて
「神経症」と診断名を与えられるのは、
その症状や行動のために、

生活や仕事・学業や人間関係などで
明らかに支障や妨げを
生むようになっている場合に、
「神経症」と付けられるようになります。


| カウンセリングと神経症 |


カウンセラーとしての自らの経験から
申し上げることなのですが・・・

神経症からの回復を
ご一緒に考えてゆくときに

カウンセンリグの場合には、
「症状」を解決することを
直接の目的・目標にしたり、

「症状」を取り除くことにしか
目が向かずにいると、

深い森の中に道を踏み迷うことに
なり兼ねない場合があります。

神経症に限らないことですが、
「症状」とは深い意味において、

その人にとって何か大切な意味があって、
あるいは
もしかすると何か必要があって、
あらわれ出ているものかも知れないからです。

たとえば、小倉 清氏(精神科医)は
このように述べています。

症状の羅列をもってして、その人を理解する
ことはあり得ない。
症状にはそれなりの意味があり、歴史があり、
必然性があって、あらわれてきているのであ
ろう。そういった背景を無視することは、
臨床家のなすべきことではないのである。

それは神経症の場合でも
変わらないものです。

そういう意味では、
少しおかしな云い方かも知れませんが、

「症状」を大切にしてゆくこと・・・
云い方を換えると、
「症状」を大切な意味あるものとして
捉えてゆくこと・・・

それが回復への、
大切な第一歩になるように思います。

| 自ずから回復してゆく形 |


安永 浩氏(精神科医)は
次ぎのようなケースを記しています。

長年の神経症症状が見事にとれて、
医師・本人ともども喜び合ったのに、
突然自殺を遂行する、といった
ショッキングな例も実際に存在する。

     木村 敏 精神科医・精神病理学
私は以前、自分が診察していた若い患者さん
が、症状が取れたとたんに自殺をしていまっ
たという、苦い経験をしたことがありますが、
この経験から、十分な治療関係が築かれてゆ
く前に、症状だけを治療するのは、ときとし
て非常に危険なことだ、という教訓を得たよ
うに思っています。

「もうこれ以上、良くなりたくない」

「良くなりたいと思っているのに、
(症状が)なくなってしまったり
 良くなってしまうのが
 とっても不安なんです」

これは、ご相談者の方たちが
語ってくださった言葉です。

もちろん、ご相談される方たちは、
現実に困っていらっしゃいますし
悩んでいらっしゃいます。

なんとかしたいと思っていらっしゃる。

と同時に、その上で、
この方たちのように
もう一つのご自分の気持ちに気づき、

それを面談の中で
話せようになられた方たちのほうが、

むしろ(たとえ多少時間がかかったとしても)
良い方向へ、歩んでいらっしゃることが
多いように感じています。

神経症に限らず、ですが
回復に一直線は禁物です。

寄り道をしながら、時々休憩して
道端の草花を眺めながら歩いてゆきます。

遠回りに思われるでしょうか。

でも、遠回りに見えて
結局は一番の近道、ということは
案外多いかもしれません。



森のこかげのサイトのページ「神経症 カウンセリング」を
プログに移設したものです。
カテゴリーこころ・ストレス・身体


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