「中華山口」へのオマージュ

最高の広東麺(かんとんめん)の店

池袋は、わたしが学生だったときからの「馴染みの地」だった。(東京都内には、池袋という繁華街があります)
「池袋東急」という映画館で、学生のときにずっとアルバイトをしていた。そして「中華山口」も池袋駅の地下街にあった。

池袋駅の地下街の小さな中華料理店。
でも映画館でアルバイトをしていた学生のときには、入ったことはなかった。中華山口を横目に見ながら、その隣にあるカレーの店に、いつも入っていたからだ。

学生を卒業して、もう暫くたってから、たまたま気まぐれに入ってみたのが、きっかけだった。

中華山口の広東麺は、ほんとうに美味しかった。
ことにスープは絶品だった。
たとえば入っている具材のエビも、きちんと下拵えがされているので、プリプリしていて美味しい。ここの広東麺が、わたしにとっての最高の広東麺だった。


池袋でアルバイトをするようになったきっかけは、映画好きの大学の友人が、池袋東急で定期のアルバイトをしていたからだ。
(当時、池袋東急には、窓口で入場券を売る人と、入り口で入場者対応をおこなう二人の女性社員がいた。一人は早番で、最終回が始まる前後に帰ってしまう。その代わりにバイトが入ることになる。そして上映が終わると、巡回施錠などの閉館作業をおこなって帰る)

時々、彼が用事でバイトを休む時に代役を頼まれて、行っているうちに、支配人(映画館の責任者をこう呼ぶ)から、夏休み等のアルバイトも頼まれるようになった。


夏休みや冬休みなどの長期休暇は、映画界も搔き入れ時で、アルバイトの手を必要としていたのである。


人気映画を上映し、館内でポスターやグッズを発売する。人気映画になるほど、グッズの品数も増える。
映画館前に行列ができることもある。すごい人気映画のときには、上映回ごとの入れ替え制をおこなうことも出てくる。案内誘導もする。グッズは休憩時間に一気に集中するので、凄いことになる。戦場のようだ。

上映が始まると、休憩時間の間に売り上げた売店やグッズ等の売り上げ金の集計と、品物との数合わせ、つまり棚卸しをおこない、事務所に報告し、品出しもおこなう。
でも自由に映画を観ることも出来た。


これらは、ビックカメラができる少し前のことである。
たしか、わたしが映画館のアルバイトを終えた直後くらいに、ビックカメラができたと思う。

わたしが池袋東急でアルバイトをしていた当時は、いまビックカメラとヤマダ電機が並び建っている通りは、池袋東急をはじめ、いろいろな映画館がずらっと並ぶ映画館通りだった。
 
わたしは、好きなもの、気に入ったものがあると、そればかり注文するクセがある。他は食べない。中華山口に初めて入ってから、もう二十年以上になるはずだが、広東麺以外のものを注文したことは、ほんの数えるくらいしかない。
もろちん他の物もとても美味しかった。でもわたしにとって、中華山口とは、最高の広東麺の店なのだった。


池袋に行った時には、よく店に寄って食べた。
しかし、最近はもう何年も、池袋駅に降りる機会はめっきり減っていた。もっぱらジュンク堂へ行く時くらいになっていた。


一・ニヶ月前に、久しぶりに中華山口へ行ってみた。前に来たときから半年以上がたっていたと思う。
ところが店の前はシートで覆われ、内装工事をしているようだった。どうしたんだろう。張り紙がしてあった。店を閉めたというのである。
「もうあの広東麺を二度と食べられないんだ」軽く呆然として、そして落胆した。


そして、きっと社長が亡くなったんだ、と思った。
もう数年前から、あの小柄でメガネをかけた社長の姿が、店からなくなっていたからだ。いつもレジのところにいて、店員や客に声をかけていた。なぜだか、ある時からいつも五十円引きにしてくれたっけ。


その社長を見かけなくなって、なんとなく、もしかすると病気で入院しているのではないか、と想像していた。でも店の人に、敢えて訊くことはなかった。店の人同士が「社長が・・・」と小声でなにか話しているのを、耳にしたこともあった。


きっとまた戻ってくる、と思っていた。
だから中華山口が閉店になるなど、
少しも想像していなかったのである。


悲しかった。ただの客の一人にすぎないのに。


お読みいいただけると幸いです
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